映画『岡本万太』から考えるニューロダイバーシティ〜変わるべきは「普通」の設計〜|HAPPY WOMAN ACADEMY

映画『岡本万太』から考えるニューロダイバーシティ〜変わるべきは「普通」の設計〜
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先日、アップリンク吉祥寺で映画『岡本万太』を観ました。ロビーで飲めるクラフトビールに惹かれつつも、「上映時間は2時間超え。飲んだら寝るか、トイレに立つかの二択だ……」と葛藤し、結局は素面で鑑賞。結論から言えば、飲んでいてもたぶん眠れなかったでしょう。それほど先が読めず、刺激的な映画でした。

『岡本万太』(2026年、監督・脚本・主演:真田宗仁郎)は、世界16の国際映画祭で上映され、12の映画賞を受賞したインディペンデント作品です。あらすじを読んだ時点で、「これは精神科案件だな」と思いました。万太を診断の枠にはめて語ることを真田監督は好まないかもしれません。それを承知のうえで、あえて書きます。

「岡本案件」

主人公の岡本万太は26歳のフリーター。突出した文才を持ち、編集部では彼の原稿は「岡本案件」と呼ばれるほど高く評価されています。しかし、空気を読んだ雑談ができない、曖昧な指示を理解できない、そして月に一度訪れる「限界の日」には拘束具付きのベッドで衝動をやり過ごすほど追い詰められる。予告なく訪れるその日に会議を欠席し、やがて組織から排除されていきます。

ある領域では誰よりも価値を生み出せる一方で、別の領域では社会が求める「普通」を満たせない。この非対称性こそ、本作をニューロダイバーシティの視点から読む鍵です。ニューロダイバーシティとは、人の認知特性には多様性があることを前提に、人だけでなく環境や制度の側も変えていこうという考え方です。

問題は、多くの職場が強みを生かすことよりも、弱みが少なく管理しやすいことを重視している点です。弱みの少ない人ほど管理する側の負担は小さい。それは組織の合理性なのかもしれませんが、だからといって排除が正当化されるわけではありません。

排除の先にあるもの

職を失った万太に持ちかけられるのが、「段ボールを数日預かるだけで大金がもらえる」という怪しい仕事です。詳細は伏せますが、労働市場から排除された人が搾取的な市場へ流れ込んでいく構図を、本作は容赦なく描きます。

「そんな話は怪しい」と判断できることも、「普通」からこぼれ落ち、孤立や困窮の中に置かれれば難しくなることがあります。障害や認知特性のある人が犯罪の末端に利用される問題は、司法精神医学でも繰り返し指摘されてきました。

「みんなが働ける社会」とは

2026年7月、民間企業の障害者法定雇用率は2.7%へ引き上げられました。しかし現場では、「雇うこと」と「その人に合った仕事を設計すること」は別問題です。

診療でも、「障害者雇用なのに配慮がない」と訴える患者さんは少なくありません(私は宥める係です)。勤務時間や仕事の進め方さえ工夫すれば働けるのに、従来型の働き方に合わせられず離職してしまう人もいます。

万太を一般雇用に入れれば、定時の会議、曖昧な口頭指示、雑談中心の職場文化によって弱みばかりが目立ちます。必要だったのは特別扱いではなく、成果を基準にした働き方、指示の文書化、「限界の日」を織り込んだ勤務設計など、認知特性に合った職務設計でした。

ニューロダイバーシティで問われるのは、本人の適応力だけではありません。受け入れる側、とりわけマネジメントの設計力です。ただし、同じ診断名でも必要な配慮は一人ひとり異なり、決まった正解はありません。

万太は最後まで診断名を明かされません。本作が描こうとしているのは診断ではなく、「普通」から外れて見える一人の人間です。

妊娠・出産、育児、介護、病気、そして加齢。誰もが人生のどこかで、環境や働き方の調整を必要とする時期を迎えます。その意味では、「配慮が必要なのは一部の人だけ」という考え方自体が、現実とは少しずれています。万太は、誰もが持つ得意不得意を、極端な形で映し出した存在のようにも見えます。

変わるべきなのは万太ではありません。多様な認知特性を受け止められるよう、「普通」の設計そのものを見直す必要があるのだと思います。

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映画『岡本万太』(監督・脚本・主演:真田宗仁郎)
公式サイト:https://okamotomanta.jp
アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中
©2026 岡本万太製作委員会

【記事】小林 七彩(精神科専門医・指定医/医学博士/産業医)
宮崎で生まれ育ち、関東で急性期、依存症、睡眠、児童等精神科医療を幅広く学ぶ。医学×工学×芸術のコラボと人の行動変容に興味を持ち、大学病院で臨床・研究・教育に携わる。プライベートは食と猫と漫画に嗜癖傾向あり。

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この記事を書いた人

各分野のプロであり使命を持つ女性リーダーの育成【アマテラスアカデミア】のメンバーが執筆する記事をお届けします。