年度末で慌ただしい時期ですね。
大きな環境の変化を控え、なかなか気が休まらない…という人も多いのではないでしょうか。
本を読んでいる時間も心のゆとりもない…そんな人もいらっしゃるかもしれません。
今回は、年度末の忙しい時期でも短時間で読めて、しかも疲れた心を癒してくれる素敵な短編小説をご紹介します。
ヘルマン・ヘッセ「アウグスツス」
中学生のころ、教科書で「少年の日の思い出」を読んだ記憶がありませんか?エーミールという少年の、「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな」というセリフが印象的でしたね。その小説を書いたのがヘルマン・ヘッセ。ノーベル文学賞も受賞している、ドイツを代表する文豪です。「車輪の下」「デミアン」「シッダールタ」など、人間の生き方に迫る哲学的な作風で知られていますが、優しいおとぎ話を遺していることをご存じでしょうか。
それが、『メルヒェン』という短編童話集です。
中でも、筆者が特にオススメしたいのは、「アウグスツス」という一編。
主人公のアウグスツスが生まれた時、不思議な老人に願いを聞かれた彼の母親は
「みんながおまえを愛さずにはいられないように」とお願いをします。
その願い通り、彼は美しく成長し、誰からも愛され、優遇されるようになります。周りの人にどんなにひどいことをしても、母親の願い通り、誰からも愛され、彼を咎めるものは誰もいませんでした。
しかし、人を愛することがどうしてもできない彼は、次第に苦しみに苛まれていきます。
大人になった彼の元に、ふたたびあの不思議な老人があらわれて…。
人々にどんなに大切にされ、もてはやされることよりも、人々に愛を与えることができる存在であるほうが、どれほど幸せなことか。
ナチス政権下のドイツで、苦境に立たされながら平和主義を貫いたヘッセの信念が垣間見えます。
心の中にろうそくの灯がともるような素敵な一冊。しみじみ泣けるので、「涙活」したい人にもオススメします。
小川未明「小さい針の音」
大人である私たちは、日々の忙しなさに追われ、つい「大きな目的」を見失ってしまうことがあります。
社会を良くしたい、という思いで就職したのに、毎日目の前のことをこなすだけで精一杯になったり。人を笑顔にしたい、という思いで選んだ仕事なのに、忙しすぎていつの間にか自分から笑顔が消えていたり…。
そんな時、初心にかえって「頑張ろう」と思える素敵な一編があります。
「赤いろうそくと人魚」で有名な小川未明は、日本のアンデルセンと言われた童話作家。
言葉選び一つとっても、丁寧で優しく美しく、小さな読者への真剣な思いがにじみ出ています。
舞台は、田舎の小学校。若い教師は「もっと勉強して立派な先生になりたいから」と、教え子たちと別れて都会へ赴きます。
小さな生徒たちは、優しい先生になにか贈り物をしようと考え、「先生は、まだ懐中時計を持っていなされない」(この言葉遣いも素晴らしいですね)と、銀の懐中時計をプレゼントします。
都会で勉強した彼はどんどん出世し、いつの間にか過去のことを忘れ、生徒たちからもらった銀の懐中時計も手放してしまい、今ではプラチナの高級時計を持つまでに。
しかし、あるとき意外なところでその時計と「再会」します。そして…。
「自分は昔の自分に対して、胸を張れる生き方をしているだろうか?」自分を省みながら、あたたかいストーリーに心洗われ、癒される素敵なお話。
節目となるこの時期に、フレッシュな気持ちを思い出し、新たな気持ちで一歩を踏みだそうという気持ちになれるはず。
小川未明の童話は、国境で出会った二人の敵国の兵士が次第に心通わせる「野ばら」や、
キャラメルの包み紙に描かれた天使の冒険を描いた「飴チョコの天使」など、どれもハズレがありません。
著作権が切れているので青空文庫で読めるものも多く、スマホやタブレットでも楽しめますよ。
寒さも和らぎはじめ、新年度も間近です。
やさしい童話で心を癒し、英気を養いましょう!
居場所がないと感じていた少女時代、放課後と休日のほとんどを図書館で過ごした。小学三年生の時、中原中也の詩に出会ったことで生きる希望を見出す。一人でも多くの人に文学の素晴らしさを伝えるため、日々奮闘中。