先日、ある採用面接の場で、候補者の方からこんな問いを受けました。
「働きやすさを重視する場合、会社規模はある程度の基準になりますか」
とても率直で、誠実な問いだと感じました。
確かに、会社規模が大きくなるにつれ、育児休業や時短勤務、福利厚生などの制度は整いやすくなります。一定の働きやすさを担保する仕組みがあることは、判断材料の一つになるでしょう。
一方で、規模が大きいからこそ、従業員一人ひとりの個別事情に対する判断や、特別な対応には時間がかかるケースも少なくありません。
有事の際に、どれだけスピード感をもって対話ができるか。
制度にない事柄についても、「どうするか」を一緒に考えようとするカルチャーがあるか。
働きやすさは、制度だけでなく、日々の関わり方や文化によっても形づくられるものだと、あらためて感じた場面でした。
このやり取りから浮かび上がったのは、働きやすさと働きがいが、しばしば単純な二項対立として語られてしまうことへの違和感です。
本稿では、私自身のキャリアの試行錯誤や、人材業界での15年以上の経験から、次の三点を整理したいと思います。
1.働きやすさと働きがいは、価値観によって統合される
2.キャリアは、何を大事にし、何を捨てたかで輪郭が生まれる
3.遠回りの経験が、語れるキャリアをつくる
1.働きやすさと働きがいは、価値観によって統合される
働きやすさと働きがいは、トレードオフの関係として語られがちです。
負荷が低ければやりがいは小さくなり、やりがいを求めれば負荷が高まる。
日本国内における調査では、この10年で「働きやすさは高まってきている一方で、働きがいは低くなってきている」というデータもあります。
ただ、この議論の多くは、「自分は何のために働くのか」という前提が、十分に言語化されないまま進んでいるように感じます。
自分にとっての働きやすさとは何か。
どんな状態のときに、働きがいを感じるのか。
この価値観が明確になると、両者は対立するものではなく、相互に補完し合う関係になります。
私自身、出産や子育てを経験する中で、すべてを同時に満たすことはできないと実感しました。
だからこそ、その時々で何を優先し、何を手放すのかを選び続けてきました。
その選択の積み重ねが、結果として自分なりの働きがいの軸をつくっていくことにつながったのだと思います。
2.キャリアは、何を大事にし、何を捨てたかで輪郭が生まれる
キャリアは、選び取った道の連続であると同時に、選ばなかった道の集積でもあります。
すべてを手に入れようとすると、判断軸はかえって曖昧になります。
一方で、「今の自分はこれを大事にする」「これは今は捨てる」と言葉にできると、キャリアの輪郭ははっきりしてきます。
採用面接の場でも、経歴以上に問われるのは、この選択の背景です。
何を大事にし、何を手放してきたのか。
そこに自分の言葉がある人は、環境が変わっても、自分なりの判断軸を持ち続けられると感じています。
面接で交わされる問いの多くは、制度や条件に見えて、実は「キャリアアンカー」という、働く上で譲れない価値観に触れています。
キャリアアンカーとは、人が仕事やキャリアを選択するときに、どうしても手放せない価値観・動機・能力の軸のことです。組織心理学者エドガー・H・シャインが提唱した概念で、環境が変わっても意思決定の拠り所となる「心の錨(アンカー)」を指します。
代表的なキャリアアンカーとしては、
・専門・職能別能力(専門性を高め続けたい)
・保障・安定(安定した環境で安心して働きたい)
・奉仕・社会貢献(人や社会の役に立ちたい)
などが挙げられます。
自分のキャリアアンカーを言語化できると、働きやすさと働きがいを、どのように両立させるかを自分なりに判断できるようになります。
3.遠回りの経験が、語れるキャリアをつくる
キャリアは、一直線に積み上がるものではありません。
私は今、キャリアを螺旋的なプロセスとして捉えています。
同じ問いに何度も立ち返りながら、そのたびに視点が少しずつ変わっていく感覚です。
一見、遠回りに見える経験や、立ち止まった時間も、問い直すことで学習へと変わります。
その経験が、自分のキャリアを自分の言葉で語る力につながっていると感じています。
年初という節目だからこそ、自分の達成したい目標だけでなく、「問い」を立ててみることをおすすめしたいと思います。
「自分は何のために働くのか」
「今の自分は、何を大事にし、何を捨てるのか」
そのようにアウトプットしていくと、譲れない軸であるキャリアアンカーが見えてきます。
難しく考えすぎず、手帳やノートを開いて、思いつくままに書き出してみるだけでも十分です。
周囲の人との対話のテーマにしてみることで、相互理解が深まり、新たなヒントを得られるかもしれません。
大事なことは、あやふやであっても言葉にしてみること。
そうすることで、価値観や優先順位が少しずつ見えてきます。
少し遠回りに見える時間も、書き留めた問いも、きっと後から意味を持ちはじめます。
今年のはじまりに、そんな小さな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
【記事】吉原 麻衣
(組織開発支援/ISO30414リードコンサルタント・アセッサー/国家資格キャリアコンサルタント・米国CCE, Inc. GDDF-Japan キャリアカウンセラー)
人材業界での法人営業・キャリア支援を経て、現在は組織開発、エンゲージメントサーベイの活用、人材育成に従事。また、社内外でのコミュニティ運営やDE&I、女性活躍推進プロジェクトの推進経験を活かし、組織やチームの対話デザインを主体とする研修講師として、大手企業を中心に組織づくりに伴走している。



















































