子育てしやすかった東京から長野へ
子育てにおいて、東京はある意味で「最強の場所」です。教育の選択肢は無限にあり、芸術に触れる機会も身近にある。ベビーシッターや家事代行といったサービスも充実しており、働くお母さんでも、街が機能している限り不自由なく生活を回せる仕組みが整っていると感じていました。
20年近く暮らし、出産・子育てを東京という環境で行ってきましたが、子どもが幼稚園を終え、小学校という次のステップに進もうとしたとき、ふと心の中に一つの問いが浮かびました。
「この場所よりも、この子たちの『生きる力』をより育みやすい環境があるのではないか?」
都会は、受動的なエンターテインメントに満ちています。放っておいても外から刺激がやってくる。けれど私が子どもたちと共有したかったのは、誰かに与えられた楽しさではなく、自分の内側から湧き出る熱量で何かに没頭する力、いわゆる「フロー状態」でした。
そのために、別の環境を求め、家族で長野県へと移住しました。
自分を動かすための2つのエンジン——「恐れ」か「ワクワク」か
移住を考えていた頃、私の指針となったのが、元ソニーのエンジニアであり思想家でもある天外伺朗さんのお話でした。天外さんは、子育てや教育において「二つのエンジン」があると語っています。
一つは「ガソリンエンジン」。
競争や評価、そして「これをしないと将来が危ない」という恐れや不安を燃料にして動くものです。自己否定感からくる不安に急かされて走るこのエンジンは、これまでの社会では効率よく回すことが正しいとされてきました。
もう一つは、「真我(しんが)」から湧き出るエネルギーによるエンジンです。
これは「無条件の愛」や「無条件の受容」をベースとし、内側から湧き出るワクワク感や、何かに没頭する「フロー状態」を原動力とするもの。天外さんは、これこそが「平和の守り手」を育てるエンジンだと語っています。
「社会のレールから外れないように」「この道を行けば幸せが待っている」
そんな幻想を信じ、知らず知らずのうちに恐れを燃料にして生きている時代が、誰にでもあったのではないでしょうか。
けれど、正解のないこれからの時代、自分の内なる声を信じて動ける力はますます重要になります。そのためには、子どもに何かを強いる前に、まず親自身の「エンジンの載せ替え」が必要なのです。
エンジンを載せ替える鍵、それは「フロー(没頭)」
では、どうすればエンジンを載せ替えられるのでしょうか。その最大の鍵は、何かに無我夢中で取り組む「フロー状態」に入ることだと言われています。
天外さんが紹介している有名なエピソードに「穴掘りの奇跡」があります。ある保育園で、不安や恐れから攻撃的な絵を描いていた子どもたちが、園庭の巨大な土山を3か月間ひたすら掘り続けました。泥だらけになり、全身で没頭する。その強烈なフロー体験を経て、子どもたちの意識は劇的に変化し、描く絵も穏やかなものへと変わっていったそうです。
外側からの評価ではなく、自分の内側から湧き出る「やりたい!」に従い、プロセスそのものを楽しむ。
この「邪魔されない自由な環境」こそが、新しいエンジンを回し始めるための必須条件なのです。
日々の忙しさや、SNSから流れてくる「キラキラした誰か」との比較。外側からの刺激にさらされ、「早く・正しく・効率よく」という都会的なスピード感の中で、私たちは窒息しそうになりながら日々を生きているのかもしれません。そしてその情報が、私たちのエンジンをガソリン駆動へと駆り立てている可能性もあります。
森に入り、土に触れて見えてきた「時間のスケール」

長年「恐れ」や「評価」を燃料にして走ってきた大人が、急にエンジンを切り替えるのは簡単ではありません。私自身、そのヒントを求めて身を置いているのが、長野の豊かな自然です。
土を耕し、種を植え、森に入る。そうした中で学んだのは、自然が持つ圧倒的な「時間のスケール」でした。
今、目の前の土に植えた種は、1年ではまだ頼りない小さな苗にすぎません。けれどそれが、2年、4年、10年……そして100年後には、想像もできないほど大きな木となり、豊かな森の一部となります。
子育ても同じです。
「今日何ができるようになったか」「テストで何点を取ったか」という目先の成果を急ぐのではなく、子どもたちが根を張る「土壌=環境」を、いかに豊かに、いかに深く整えていくか。
その視点に立ち返るだけで、親である私たちの呼吸も自然と深く、穏やかになっていきます。
親にできる最大のサポートは「邪魔をしない」こと
親にできるサポートとは、子どもをコントロールすることではなく、本人が持っている「種」が自然に育つのを邪魔せず、見守り、必要な援助をすることです。
「人生100年時代」といわれる今、100年後の森を想像するように、ゆったりとした時間の流れに身を委ねてみる。視点が揺らぎそうなとき、自然という存在は、時に厳しく、けれども温かく私たちを支えてくれます。
私たちは「命の網の目」の一本にすぎない
最後に、私が大好きなアメリカ先住民の言葉を紹介します。
「わたしたちは地球の一部であり、地球はわたしたちの一部である。すべてのものは、一つの家族を結ぶ血液のように結びついている。
人は命の網の目を織ったのではない。人はその中の一本の糸にすぎない。人がその網の目に対してすることはすべて、自分自身に対してすることなのである」
私たちは地球の一部であり、自然という大きなネットワークから切り離して存在することはできません。今日、私たちが選んだ食べ物、子どもにかけた一言、そして自分たちが身を置く環境。それらすべてが一本の糸となり、未来の「網の目」を編んでいきます。
自分に優しくすることは、環境に優しくすること。
それは巡り巡って、子どもたちが生きる未来を耕すことにもつながっています。
私たちの今日がどんな未来につながっていくのか。
1日の終わりに、ゆっくり考える時間を持つのもいいかもしれません。
【記事】増田ちか(子育て探究家/教育キュレーター/2児の母)
学生時代の海外経験を経て、万博での南米パビリオン勤務、ジンバブエ大使館勤務を経験。その後、12年以上にわたり人材育成の研修イベント運営・営業に携わる。出産を機にシュタイナー教育に出会い、より良い環境を求めて東京から長野県へ移住。現在は「これからの時代の生きる力とは?」をテーマに、次世代の子どもたちの自由な学びと生きる力を育む環境づくりに注力している。


















































