【インタビュー】吉高まり氏|三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

Profile

吉高 まり
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
経営企画部副部長 プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科講師(非常勤)

IT企業、米国投資銀行等に勤務。ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。博士(学術)。2000年三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUMSS)にてクリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げ。環境金融コンサルティング業務に長年従事。ESG投資及びSDGsビジネスの領域で多様なセクターに対しアドバイス・講演・調査等を実施。三菱UFJ銀行戦略調査部、MUMSS経営企画部兼務。2008年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー入賞。UN Women-WE EMPOWER Japanアドバイザリー・グループメンバー、環境省中央環境審議会地球環境部会臨時委員等の政府委員も務める。2020年5月より現職。
ー今、企業にとってなぜSDGsが重要なのでしょうか?

 SDGsの17の目標は、基本的な社会課題の全てを網羅していて、その課題解決に企業が役割を果たし、社会のニーズに応えることにより、新たなビジネスやマーケットが作られます。すなわち、企業にとっては本業としての成長機会にもつなげることができるわけです。

 例えば、なるべく自然資源の使用と廃棄を減らして効率よく食物を供給するフードテックや、eラーニングシステムでこれまで十分教育を受けられなかった子供たちに教育の機会を与えるなどです。このように企業は、本業を通じてSDGsを達成するために一翼を担えるようなストーリーを持っています。

 ITやAIなどの技術が進みイノベーションが起こることで新たな産業が生まれ、経済が活性化していくと同時に社会的課題を解決する。これは、我が国が将来目指すべき社会として日本政府が掲げている「SOCIETY 5.0」と呼ばれるものです。経団連はSOCIETY 5.0の実現はSDGsの達成に貢献するとして「SOCIETY 5.0 for SDGs」というコンセプトを打ち出しています。

ー今後、就職や転職をする際、どのような視点で企業を選ぶべきでしょうか?

 大学でキャリアに関する講義をさせていただくこともあるのですが、学生の皆さんが就職する企業の多くが「株式会社」であるという認識が薄いように感じます。株式会社は、株式を発行し、それを買ってもらうことによって資金を調達し、その資金でビジネスをしていきます。そして、利益を上げ、従業員に給料を払い、株主に配当を出し、価値のある企業として成長させる。これが株式会社の使命なのです。

 株式会社は、株式を買ってくれる株主(投資家)に企業の価値を認めてもらうことによって資金が回っています。つまり株式会社の経営者は、株主(投資家)に対して自分の会社の価値をきちんと説明していく責任があるのです。

 実は今、投資家の企業価値を見る際の指標が変わってきています。2006年に国連で責任投資原則(PRI)が公表されました。これは、機関投資家が投資を判断する際、財務以外の情報、①環境(Environment)②社会(Social)③企業統治(Governance)などの情報で企業価値を評価していこうというガイドラインです。これが「ESG投資」といわれるもので、このPRIに世界の金融機関が署名し推進しています。これまで、投資家は企業の収益性を重視して評価してきました。しかし、リーマンショック以降、短期的な収益を追い求め投資することへの反省から、財務以外の情報でも企業の価値を中長期の視点で測ることへとシフトし始めているのです。

ーESG投資とSDGsはどう関連しているのでしょうか?

 厚生年金と国民年金の積立金を管理・運用している機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、2015年にPRIに署名しました。GPIFは、150兆円という世界最大の資産規模があり、その活動は株式市場に大きく影響を与えます。そのGPIFが、ESGを配慮して運用していくと宣言したので、市場に大きなインパクトを与えるものでした。自ら資産運用しないGPIFの資産を委託されて運用するアセットマネジメント会社(運用会社)は、ESG投資をどのように評価し進めていけばよいのかを模索しています。

 GPIFは、企業をESGで評価する考え方として、例えば、SDGsが達成される2030年の社会に向けて、企業は本業を通じて社会課題を解決していくビジネスを作り(CSV:Creating Shared Value=共創価値創造といいます)、企業価値の向上を図ることが期待されるので、運用会社にそのような視点での評価を示唆しています。今、投資家が求めているのはまさにここなのです。

 私は、企業の経営者層とお話しする機会も多く、その際、社会貢献ならCSR(企業の社会的責任)部、環境部に任せておけば良いと言われるのですが、ESG経営としては、それでは不十分です。投資家は経営者自身がこの社会課題に対しどうビジネスで対応していくかを知りたいのです。

ー企業・SDGs・金融の関連について

 企業は事業収益をあげていくことは使命なのですが、それと共にしなければならないのは、ビジネスリスクの排除です。企業として法律を遵守し、社会に貢献をしていることをCSRレポートなどで報告するのは、ネガティブインパクトのリスクマネージメントとして、社会的な責任を果たしているということを伝えるためです。

 ESG投資においては、これも重要な情報ですが、さらに、ポジティブなインパクトとして経営の考える成長戦略やストーリーが企業価値になります。つまりこの両方の側面での経営(ESG経営)が必要です。
金融機関も例外ではなく、銀行も株式会社で投資家がいます。ですから銀行もESG経営をしていかなければならないのです。

ー様々なステークホルダーが関わってSDGsを達成していかなければならないですね

 これまで企業は、顧客(買い手)・自社も含め調達先などのビジネスパートナー(売り手)・社会(世間一般)の三者を重要視してきました(三方よし)が、今はそれだけでは不十分です。従業員、株主、地球環境全体(資源の枯渇、気候変動)など、様々なステークホルダー(利害関係者)との関係を考えていかねばなりません。

これまでの企業のCSRレポートは、環境、社会貢献などの過去の実績の記載が主流でした。しかし、近年増えてきているのが投資家に向けて作成する統合報告書です。統合報告書では、企業は、財務情報と共に、CSRレポートから企業価値に直結する環境や社会に関する非財務情報と合体し、ポジティブな将来のビジネスストーリーを語ります。

 また、その中で重要なのは、社長自ら将来にむけたストーリーをどれだけ丁寧に語っているかということです。数ページの挨拶やミッション表明だけでは意識が高いという評価になるのは難しいと私は考えています。報告書だけでなく、ホームページなど様々な機会で語ることは公にそれを宣言することです。そのようなことができる企業は、どの業務においてもSDGsの概念が浸透している企業と評価されます。

ESG投資は、AIなどのITを使い、定量的だけではなく、定性的な企業のあらゆる情報を分析して、企業価値の評価をし始めています。企業の経営者は、世界のこのような動向に敏感でなければ、生き残っていけないと考えます。ESG投資は、環境や社会に貢献する慈善活動の評価ではありません。

ーコロナ禍における企業の動きで特徴的なことはありますか?

 今回の新型コロナウイルス禍で短期的業績の見通しが出せない企業が多くありました。そうなると投資家はそれ以外の情報で、企業を評価しなくてはなりません。そのため、ESG評価の高い企業への投資が進みました。様々な企業とお話しをする中で、業界間での温度差は感じます。ただ、ESGの評価の高い企業は、現状は何が起こるか予想できない中で、一様に言えることは長期的な将来をしっかり考えられているということです。

 今回コロナ禍でも、ESGの感度が高い企業は、従業員を大切にし、長期見通しをしていることを、十分情報を開示し、ステークホルダーたちと対話をし、自社を理解してもらう努力をしています。

 海外企業の統合報告書の中には、社長からのメッセージに、「親愛なる投資家、親愛なるお客様、親愛なるビジネスパートナー」そして「親愛なる従業員様」と明示しているものがあります。このようにステークホルダーへ向けたメッセージを開示ができている企業は将来成長する可能性があるというのが投資家たちの見方です。

ー今後、企業が求める人材像とは?

 企業は通常、3年から5年の期間のビジネスについて中長期計画を立てて投資家向けに発表します。しかしESG投資では、2030年までに達成するSDGsの目標を世界が共有している中で、その時に企業があるべき姿を考えて、そこから、今、なすべきことを考えるという「バックキャスティング」の考え方が必要になってきます。そして、それを公言していくことが重要です。

 とはいえ、10年後の長期のシナリオの中では、今回の新型コロナウイルスのような予測不能な問題が起き、計画通りに実現できないかもしれません。そうであったとしても、こういうことが起こりうる可能性を考え、様々なシナリオを持ち、常に世の中のイノベーションの動向を読み、リスクが起きた時も柔軟に対応できる、強靭な企業にならなければならないのです。その意味で、企業は、そのような思考を持つ人材を必要としていると思います。

 海外の投資家から、日本企業に対しての懸念材料として、経済はもちろんですが、E(環境)の項目として、気候変動zリスクである、災害が多いというのもあります。もうひとつは、S(社会)の項目としてダイバーシティが進んでないことを挙げています。同年代の同じようなバックグラウンドで同じような考え方を持つ男性の経営陣だけで、本当にリスクや世の中の変化に感度高く強靭でいられるのでしょうか。投資家は、日本のジェンダーの課題を問題視し情報開示を求めています。そして、たとえ今すぐ変えることができなくても、このような問題に対して、将来を見据え、経営者がどのような道筋を立て実行しているのか、説明し情報発信をしているかということが大事です。

 最後に、昇進を望まない、管理職に就きたくないという女性が多くいるのも事実ですが、何かを変えるためには経営層に入ることも大切。管理職は面倒なこともあるかもしれませんが、経営の権限があれば社会を変えられるということを皆さんには理解していただきたいですし、どんどん挑戦していってほしいです。

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